AM 10:36 出発!
掛川宿 宿場風景
突如!本陣跡地に屋台村!夜は楽しそ〜
七曲がりに突入!
七曲がり中!
七曲がり中!
城が見えた!
「葛川の一里塚」
江戸まであと五十八里
「もちや」 創業二百年の老舗
静かな東海道
六地蔵辺り
「慶雲寺道」従是五丁
「伊達方の一里塚」日本橋まであと五十七里!
静かな東海道
道の駅「掛川」に寄り道!ご当地お昼ご飯物色!
おにぎりと饅頭!ご当地色バリバリ!うまそー^^
おにぎりが食べれそうな場所を探し神社へ
樹齢千年の大杉だ〜!
大杉の説明
明治天皇に仕えた書家の出生の地だそうです
おっ!高札場だ!「日坂宿」到着!
「下木戸跡」 ここから「日坂宿」に入ります!
早速旧家だ!
宿場風景
旅籠 「萬屋」 さん
旅籠 「萬屋」 さん
旅籠 「萬屋」 さんの説明
問屋役「藤文」さん
問屋役「藤文」さん
問屋役「藤文」さんの説明
脇本陣「黒田屋」跡
問屋場跡
桔梗屋さん・・・・・
日坂宿「日坂の駅」発見! この公園でお昼ご飯だーー^^
誰もいない穏やかな木漏れ日があるベンチ・・・・最高!
ご当地おにぎりとおかずとお茶!とこの空気!
ああーなんて癒やされる時間なんだー。
これから向かう道を勉強^^
「七曲がりの急坂」にさしかかる
これ↑がこれ↓ ?
お−っ。まさに静岡の景色だ! 一面お茶畑^^
自が撮り! 旅の風景!
果てしないお茶畑に感動
「広重絵碑」
ここ↑がここ↓ 江戸時代の絵と現在の写真
山賊に殺された母の霊が石に宿り夜になると泣いた。通りかかった弘法大師が「南無阿弥陀仏」と書き念仏を唱えると泣かなくなったそうです
夜泣き石は明治に国道沿いの「小泉屋」というところに移されたそうです
夜泣石があった場所
こんなお茶畑は見たことがない^^
芭蕉句碑
つぎつぎ石碑が現れます^^
東海道道標
時間よ 止まれっ! って感じ^^ 本当に気持ちがいい風景!
「茶」
「佐夜鹿一里塚」 日本橋まであと五十六里!
佐夜鹿一里塚の説明看板
めっちゃお茶のいい臭いがしてきた!精製工場だ
はい!お茶でいっぷくしたいです^^
おっ!峠のお茶屋さんだ!ちょっと行ってみよう!
「扇屋」さん 名物が「子育飴」 だそうです。
とてもとても親切にして頂きお茶を頂きました。ここ扇屋さんでは古く江戸時代から東海道の旅人にお茶を振る舞っておられるそうです。おいしい^^ あ〜この上ないしあわせ^^
名物「子育飴」を購入!
旅の続きを開始!
間もなく小夜の中山最大の急坂「青木坂」だ
「青木坂」 たしかにこれは急坂だ
青木坂を下り間の宿「菊川」に入ってきました
間の宿「菊川」は菜飯田楽が名物であった鎌倉時代は宿場で頼朝も宿泊したそうです。
街道沿いのシャッターに書かれた当時の様子
たしかに「菊」にみえる
菊川の説明看板
街道沿いに書かれた菊川の紹介。何がすごいって家の壁に書いてある^^
「菊川坂」入口! 楽しみ^^
菊川坂の説明
おおー!地道だ^^ 最高!
当時の旅人と近い空気を感じている^^
菊川坂を登ったところのお茶畑の前の休憩所! ちょっと お茶と茶菓子で一服^^
なななな何て贅沢な! まさにご当地^^
うまい^^
お茶畑の前でお茶の餅とお茶。 お茶づくし^^ ああ〜しあわせ^^
ずっと気になってた! こんな農機具はいままで見たことが無い! と思いきやこれは茶畑用の機械のようである^^かっちょいい
「金谷坂の石畳」
「OLD TOKAIDO ROAD」
金谷坂を下り国道を横切り金谷の集落へと来ました
往時は「西入口土橋」と呼ばれ宿場の西口だったそうです! いよいよ「金谷宿」だ!
「金谷の一里塚」日本橋まであと五十三里!
現在の金谷宿風景
金谷宿は川越の宿場として栄えたそうです
「お七里役所跡」
紀州藩専用の飛脚継立所
脇本陣跡
柏屋本陣跡
「佐塚屋本陣跡」
あだやか
街道風景
いよいよ来ました
川越の難所だったことが想像できます
わかりやすいイメージ
川の土手だ
キター 大井川! これがあの大井川かあ・・ 感動^^
川越は川越人足によって行われ川の水深が四尺五寸(136p)になると川留めになったそうです。
「箱根八里は馬でも超すが越すに越されぬ大井川」 今は何の問題も無い川越!
しかし大っきな川やなあ
大井川橋の歴史
対岸に来た!
川を渡りここから島田宿へと・・
わかりやすい絵図!
増水を食い止める為のせき跡 左右
大井川が増水するとここに幾重にも枠を並べ、堤防としたところを社名の由来としているそうです
この風景・・・・高い建物と電線が無い・・・・ほぼ当時の雰囲気?
一軒一軒説明があります
ここは「仲間の宿」
主に年をとった川越し人足たちの集まった宿だそうです。人足達の仕事上の意見交換や
各組どうしの親睦の場として使用されたといわれているそうです。
「十番宿」
「番宿」
わかりやすい絵図!
「上段の間が現存する塚本家」
島田宿の風景
島田宿は大井川を控えた川越宿場として栄え川越しの収益と共に一旦川留めになると大盛況になった宿場。大井川架橋の話が
上がるたびに宿場は箱根、大井川の両険は江戸の守りであり、「神君家康の遺志」であると主張し反対したそうです。
「本陣跡」
「本陣跡」
「本陣跡」
本陣の説明
島田宿の絵図
「一里塚跡」 江戸日本橋まであと五十二里!
「東木戸跡」島田宿の東の入口!
PM 6:06 「島田市道悦」 今日はここで東海道から離脱します!
「JR 六合駅」 掛川まで帰ります! 今日は一日良い天気で散歩日和でした^^ 今日は道の駅「掛川」にて車中泊!
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