前回の続き!JR磐田駅から出発!
旧東海道は磐田駅から北方向へ向かいます。
今日は天気^^
西木戸跡 ここが多分「見付宿」の西の端っこ!
見付宿は西からの旅人がここで初めて富士山を見つけたことから
「見付」の名がついたそうです。また遠江國の中心地でもあり、
天竜川の川越、姫街道の追分として賑わったそうです。
「姫街道」の分岐 「これより姫街道三州御油まで」
見付宿の案内板
西坂の梅塚?
何々? ほほー
現在の見付宿のメイン道路はこんな感じです
「見付宿脇本陣大三河屋門」
「見付宿脇本陣大三河屋門(市指定文化財)は、江戸時代見付宿の脇本陣の門として使用されていたもので、
後に中泉に移築され、個人宅の門として使用されていましたが、平成17年、市に寄贈されました。
平成19年3月、見付宿場通り北側「見付宿いこいの広場」に移築復元しました」 磐田市HPより引用
「見付宿いこいの広場」
「旧見付学校」 現存する日本最古の洋風木造小学校校舎だそうです。そして、国指定史跡だそうです。
ああー中に入って見学したい!けど時間が・・・・・
本陣跡
「脇本陣跡」 現在ピザ屋さん!
「問屋場跡」
「東坂梅塚」
当時の見付宿の地図発見! 直角カーブが特徴な感じで道路の形などは現在とそんなに変わってないことがわかる
「東木戸跡」見付宿もここまで!
東木戸のすぐ前にある愛宕山 見付宿が一望できるみたい・・・行きたい けど 時間が
国道1号線に出てそのまま歩道橋にて横断
「遠州鈴ヶ森刑場跡」
国道を横切り旧道に入る
しかし、旧東海道のほとんどがこの道幅の気がする
立場跡
おっ!道標発見!
「従是鎌田山薬師道」道標
「江戸時代の古道」
「鎌倉時代の古道」
「古戦場跡」 の説明
「本多平八郎が境内の松に登り武田勢の同行を物見した」
とありますが、この景色だろうか?遠くまで見渡せます。
旧東海道は江戸時代の道を行きます
後ろに見える丘がさっきの古戦場跡です
すばらしくいい景色^^ 「太田川」です
おお!あれれ! もしかして・・富士山? ああーやっと見れた!なんだかスッキリ^^
ほぼ地平線みたい
袋井市 到着
何だ?この自動販売機は? ラーメン?・・・・ 昔はラーメン? 今はジュース。みたい
お?またまた名所に差し掛かりました。
「木原畷」
「家康公腰掛け石」
この近くの古戦場跡は、1572年家康と信玄の三方ヶ原の合戦の前哨戦が行われた所らしい
「木原一里塚」
原寸大に復元された一里塚で本来の位置はここから60m東にあったそうです。
江戸まであと六十一里
ここが多分本来の一里塚の場所
突如このような看板が! 約160年前のこのあたりの風景。袋井宿!おもしろそうな予感
大空に爆音が・・・・
AM 11:19 吉野屋発見!
AM 11:21 吉野屋発見から2分後・・・・目の前に、並と味噌汁^^
AM 11:46 袋井宿の宿場に入ってきました
そう言えばこの辺りは「遠州の空っ風」と言われる強い風が吹くらしく、昔から凧揚げが盛んだそうです。
広重の袋井の絵にも凧が描かれています。ちなみに今も常に風が吹いています!
袋井宿 西本陣跡
袋井宿場公園
袋井宿の中心部の公園です。
袋井宿場公園の案内板
東本陣公園
東本陣の説明
袋井宿は地域の人たちで宿場を管理する熱意が伝わってきます!
すごいお方に声を掛けて頂きました!
100街道踏破を目指しておられる街道歩きの達人です!
「街道を歩く」という本で下記のように紹介されております!
「東海道どまん中茶屋」
現代の袋井宿の東の入口。袋井宿は京都と江戸のどちらから数えても27番目の宿場で「どまん中」になります。
ここは歩く道の駅になっていて、気軽に立ち寄れ東海道ハイカーにとってはありがたい場所になっています^^
おそらく下記の絵のように昔も同じ感覚だったのだろう
江戸時代の袋井宿の入口
茶屋に入ると・・・・・・ほっこりします^^ 食べるものは変わってもこの感覚は昔と変わらないのだろうか?^^
茶屋は地元の人によって運営されております。
おいちー! なつかちー! ちゅーちゅー!
「東海道松並木」
「東海道松並木」 について
久津部一里塚 日本橋まであと六十里!
看板に穴が! 常時風が吹いてます!
なにげない道ばたの花
花茣蓙公園 はなござこうえん
花ござを商う店が軒を連ねたそうです。
「間の宿 原川」
「松並木」 東海道って感じ^^
田植えが終わってますねぇ〜
東名高速道路をくぐります!
酒造屋さん
何だこれは? まっいっか。
ここが秋葉山への街道入口
大池橋交差点
掛川の町へ入ってきました
「掛川城蕗の門」この門は掛川城の内堀のほとりに建てられていた四脚門で明治五年に現在地に移築されたそうです
まーまーまー。一服^^
掛川駅前「中町交差点」 今日はここで東海道から離脱します! 今から掛川城の見学!
いい感じにそびえ立ってます!
二の丸御殿は国重要文化財で城主の公邸や役所に使われたそうです
何か、この堀 リアル
城内を一周して見学終了!
中町交差点角にある 「山内一豊・千代夫人像」
天正十八年 掛川城主であった山内一豊、千代夫人で
若き日の一豊が名馬を欲したところ、千代夫人が秘かに蓄えた黄金を持って
願いを叶えさせたという内助の功が美談として伝えられている。
後日 土佐高知城主として明治維新の山内容堂に至るまで、連綿として城主としての家系を保ったそうです。
今日の東海道歩きはここまで^^
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